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水と油とその断片 vol.1 「衣装」 by おのでらん 

「ジャケットは真夜中の色のような黒にしたい。そのためには深い色味の紺色にすれば、黒以上に冴えた黒に見える。はっきりした対比をつけるには簡素な白いシャツを組み合わせる。ただし、使い古され、完璧に洗いざらしの白色に仕上がっているシャツでなければならない。

このことだけで、簡素なイメージが鮮明になる。白黒の写真のように色彩はいらないどうしても色彩がほしいときは,ジャケットの襟に小さな花を一輪つけるだけでいい。

夜の散歩にも、この格好で外出する。もちろん黒い帽子を忘れずに被って。」

作品のイメージなどがなぐり書きしてある昔のノートに、何故かこの文だけきっちりと書かれてある。すばらしい文だが、文体から見ても自分で書いた文ではなさそうだ。多分誰かの文章を書き写したものだろう。しかも、よほど気に入ったと見えて、「簡素なイメージ」と「黒い帽子」のところに何度も下線が引いてある。

ノートの整理もたまにはしてみるものだと感心した。そのノートはまだ水と油がセリフを使っていた時のもので、きっと、そのときの自分はこの文に今とは違った何かを見つけていたのだと思う。

その何かが何であったのか、それがどう役に立ったのかは、全く覚えていない。

しかし、時がたった今もまた、妙に「簡素なイメージ」と「黒い帽子」のところに下線を引きたくなってしまう。人間はなかなか成長しないものだ。